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「金のだし」にかける男 総料理長:羽重 憲一
従来のおでんの既成概念を崩し、独自の道を走り続ける「金のおでん」。その秘密は「だし」にあるという。こだわりつくして完成した、「金のだし」にかける羽重氏の思いを聞いた。
- 何度も訊かれたことがあると思いますが、なぜ「おでん」だったのでしょう? 何か特別な思い入れがあったんでしょうか?
- 羽重「思い入れ、といっていいのか…。とにかく、自分が好きだったんですよね、おでんを食べることも、作ることも(笑)。店長の牧野とお店をやろう、と決めたときに、何か今までにない新しいことに挑戦して、それで一番になりたいね、そんな話をしていたんです。おしゃれなバーで和食を出したい、というのが元々牧野の頭にはあったようなので、一番になるなら好きなものでなりたい、それならおでんを出そう、ということになりました。」
- 最初から、どんなおでんを出すかというのもイメージはあったんですか?
- 羽重「正直に言うと、それほどかたまってはいませんでした。ただ、牧野とおでん屋さんを食べ歩くうちに、ひとつの疑問がうまれました。何で全部が同じ系統の味なのか、何でドリンクメニューのラインナップが少ないのか、とか。
おでんって、料理としてもっと新しいことができる可能性があるんじゃないか、まだまだ手つかずなんじゃないか、そういう思いがどんどん強くなりました。ただ、そこから実際のメニューができるまでは、試行錯誤の繰り返しでしたね。僕のつくるおでんがお客様に受け入れられるのか、不安もありました。
おでんと言えば庶民的なイメージで、古くからある居酒屋風のおでん屋さんが思い浮かびますよね? もしくは屋台とか。おしゃれなおでん屋さんなんて、僕は見たことがなかった。それを実現してくれたのが、相棒の牧野でした。「おしゃれなおでん屋」という新ジャンルへの挑戦ですね(笑)」
- 羽重さんのおでんって、ほんと美味しいですよね。特に力を入れておられる「金のおでん」。これを作るに至ったいきさつを いろいろとお聞きしたいのですが。見た目はおでんっぽくないですよね。だしは透き通って輝いている。まさに「金色のだし」ですが、普通はおでんってこういう色になりませんよね。
- 羽重「そうですね。もうちょっと琥珀に近い色です」
- どうしてこんな色になるんでしょう? 一体どんな素材を入れているんですか?
- 羽重「一羽の鶏を丸ごと、利尻昆布、それとタマネギやニンジンとかニンニクなどの甘みを持っている野菜を入れて煮込んで作ります。素材にはかなりこだわっていますね。たとえば鶏も、普通のブロイラーではなくて老鶏を使っています。老鶏というのは、中華の上湯スープをとる時に使う高級なだし材料です。だしがしみ出すまでに時間がかかるんですが、奥深い味わいは他にかえがたいものがあります。
昆布は、北海道の利尻昆布を使っています。料亭なんかでよく使われているものです。それをおでんに使ってしまうという贅沢を、お客様には味わってもらいたいですね。」
- だしがなくなってしまうと閉店ということですが、一度にたくさん作れないんですか?
- 羽重「『金のだし』は開店前に毎日作ります。40リットルの寸胴鍋いっぱいに水をいれて肉などの材料を入れてだしが出るまで煮込むと、うちは加水をしないので、できるだしは20リットルくらいになってしまうんです。」
- 寸胴鍋をもっと大きな物にしたらいいんじゃないですか?
- 羽重「それがそんなに簡単じゃないんですよ。大きければ大きいほど、ベストのタイミングのだしをとるのが難しいんですよ。」
- 羽重さんのお仕事をみていると、金のおでんのオーダーが入るたびに、だしをあたためていらっしゃいますね。それはどうしてですか? 普通おでんって、昆布でだしをとって、おでん鍋の中で具をコトコト煮込みますよね。
- 羽重「普通のやり方はそうなんですが、煮込めば煮込むほどおいしくなるというのは、必ずしも正解ではないんですよ。長時間あたためると素材の細胞が壊れて、どんどん旨味が外に出て行ってしまう。その分だしはおいしくなりますけどね。さつまあげなどの練り物は、特にそうですね。旨味がだしにしみ出しやすい。だから羽重にはおいていません。だしを作る段階では入れるんですけど、旨味が抜けきってしまっているものをお客様には出せないな、と。」
- 金のおでんはとにかくだしを大事にするということですね。
- 羽重「料理というのは、タイミングと頃合いによって、同じ材料・分量のものでも同じ味になるとは限らないんですよ。」
- なるほど。具を鍋に入れっぱなしで火にかけたままお客様を待つと、具の出し入れによって、味が変わってきてしまいますね。
- 羽重「そうなんです。だから金のおでんは、だしができあがるといったん冷まして、オーダーが入った時点であたためなおします。常にベストのタイミングの料理を、お客様に味わっていただきたいと思って。」
- それが「金のだし」のこだわりなんですね。だからこそ、毎日だしをつくらないといけない。
- 羽重「そうです。つぎ足しつぎ足しでやっていったら、微妙に味が変わってしまう。もちろん、長年つぎ足してきただしのおいしさもあるから、それは否定しません。現に、羽重の『赤のだし』は開店当時から毎日金のだしをつぎ足してきたものです。それはそれでコクがあっておいしい。どちらがおいしいと思うかはお客様次第です。ただ、金のおでんは普通のおでんの作り方と全く別の、特別な作り方をしているので、他では絶対に味わえないおでんを味わえるはずですよ。」
- 我々がよく知っている「おでん」の概念を飛び越した、新しいおでんを作りたかったんですね。
- 羽重「そうですね。みんなが知っている「おでん」でも、こういうこともできるんだってことを、たくさんの人に知ってもらって、味わってほしいですね。」